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2013/08/28 (Wed) 15:24
倉敷高校生ゼミナール開催

8月25日(日)に倉敷市内で高校生ゼミナールを開催しました。

会場は、元倉敷市議の小山博通さんのお宅。ここには、うどんの生地を練る機械あり、ピザを焼く窯あり、ドラムセットあり、ピアノありのビックリな建ものがありました。しかも小麦も自家栽培!
窯
この窯でピザを焼きました。

朝から、うどんの生地づくりから、生地を切る作業を体験。みんな上手にしてました。
うどん切り加工済み
小山さんの指導のもと、うどんづくりをする高校生たち

うどんとピザの下ごしらえを済ませ、学習の時間に。
テーマは「沖縄を考える、オスプレイについて」で、講師に低空飛行解析センターの大野智久さんを呼んで、オスプレイがどういうものかなどを話してもらいました。
オスプレイの学習
話をする大野さん(右から2人目)

話を聞いた高校生からは、「オスプレイのエンジンはロールスロイス製なんだって。」、「災害救助のためじゃなく、人を殺すための武器なんだとわかった。」、「アメリカから押し付けられているんだ。」という感想が出されていました。

学習が終わると、ちょうどお昼時。
ピザの生地の上にみんな思い思いの具材をトッピング。
ピザづくり
「アタシ、バジル乗っける!」と賑やかにピザづくり。

ピザを焼いている間に、うどんを食す。ピザが焼けると、「あ、これウチの!」「あれ?自分のどれだか分からない?」とみんなそれぞれが具材でデコレーションした自分のピザをなんとか見つけて、食べました。
うどんもピザもホントおいしい!生地がうまくできてるんです。
うどん

ピザ

締めくくりには、今日学んだことをポスターにまとめました。
最初、なんの相談もなしにツラツラと描き始めたので、大丈夫かな?と思いましたが、デザイン学科や絵心のある高校生たちだったので、最後にはしっかりまとまった1枚のポスターになりました。
ポスターづくり加工済み

ポスター完成
「私は人を殺す戦争をしたくないし、殺す手伝いもしたくない」
この言葉が胸にグッときますね。
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2013/08/13 (Tue) 17:16
原水爆禁止2013年世界大会in長崎へ行ってきました

岡山県委員長の余江です!

8月7日~9日まで、長崎市で開かれる原水爆禁止2013年世界大会in長崎に、高校生とその兄(19才)を引き連れて行ってきました。2人ともこの大会は初めての参加でした。

行きは、少しでも旅費をうかすため、わたくしの父親が毎年長崎に行っているので、その車に便乗させてもらうという、ウルトラCを使いましたσ(´┰`=)

車なので、渋滞につかまってしまい、大会の開会総会には間に合いませんでしたが、なんとか会場に到着(^_^;)
開会総会-K兄弟
2階からの立ち見で話を聞きました。

初日の夜は、青年の企画「Ring! Link! Zero!」に参加。被爆証言はやはり胸にグッときました。
「体中にガラス傷を負った人」「逃げ隠れた洞窟の中でマッチの明かりで見た膨れ上がった母の顔」「街中、死体と救いを求める人でいっぱい」・・・。まさに地獄絵図であることが想像できました。
また、「被爆者は、人間として死ぬことも、人間らしく生きることも許されなかった」という言葉が印象的でした。戦後も、差別に苦しみながら生きてきたこと、そしてその苦しみは被爆2世、3世へと続いてしまう、原爆の非人道性を感じました。
Ring Link Zero人文字
「NO NUKES」とピンクの紙を持って人文字を作りました。ちゃんと作れたかなぁ。上からの絵はまだ見てないので、どんな感じに仕上がったか分からずじまい(^^;

2日目は、「全国高校生平和集会」に一緒に行った高校生と参加。司会など運営はほぼ高校生たちでこなします。会場となったのは、爆心地から500mの距離にある活水高校。女子高なのかな?とてもキレイな校舎でした。
ここでも被爆者の証言を聞きました。次いで、全国で活動する高校生たちの発言。「高校生平和ゼミナール」を各地でつくって、学んだり核兵器廃絶の署名をしたり、いきいきとしていました。
高校生平和集会-被爆証言
被爆者の証言

午後からは分科会で、こちらも高校生自身の運営で、「学校と教育」「原発」「日米安保」「憲法」「核兵器」「ヒバクシャと語ろう」の6つに分かれて討論。僕は、「憲法」の分科会に参加しました。
2グループに分かれて、「憲法改定に対して、自分の意見を持とう」ということをテーマに話し合いました。
司会の高校生が、「もし攻めてきたらどうすんの?」「北朝鮮とか何するかわかんないし不安じゃない?」と、憲法9条を変える立場になりきって、軍隊を持つべきかどうかという、多少強引ではあったけど、議論をみんなにふっかけました。最初はどうなることかとこっちがドキドキしましたが、みんな自分の意見を言えていたし、いろんな人の意見を聞けて良かったようでした。何より、司会の高校生が、ホントは心にもないことを言わないといけなかったので、ホントにおつかれさまでしたm(_ _)m

高校生平和集会が終わって、夕方から、平和公園と原爆資料館へ。
平和記念像

テレビのインタビュー
すると平和公園で長崎のテレビにインタビューされました(//∇//)一緒に行った2人はムリって言うもんだから、仕方なくワタクシが答えることに。「戦争は直接体験していないけど、被爆者の証言を聞いて、自分と同じ世代や次の世代に受け継いで行きたい」ということを話しました。

続いて原爆資料館へ。ここの屋上庭園には、「未来に生きる子ら」というタイトルの像があります。「ふりそでの少女像」とも言います。長崎の原爆で娘をなくした母親が、「お墓を建ててやりたい」と願い、母親が住んでいた京都府綾部市の中学生たちが運動を起こし、ワタクシの父親と兄が作りました。ふりそでの少女像

ふりそでの少女像2
資料館の見学に来ていた民青の仲間にも教えて、見てもらいました。

最終日は、閉会総会。目玉は、映画「プラトーン」を手がけたオリバー・ストーン監督。
閉会総会-オリバー・ストーン監督
「アメリカでは『戦争を終わらせるために原爆を投下した』と、間違った歴史を教えている。それを変えたい。」と言っていました。頼もしい人です。

閉会総会-福島県代表団
また、福島との連帯も印象的でした。今回も福島県の代表団が元気に参加されていました。

最後は歌を歌ってフィナーレ!
閉会総会-フィナーレ
7000人が参加したそうです。どうりで会場座れなかった(→o←)ゞ

2013/08/05 (Mon) 22:18
山口県萩市へボランティア

8月3日(土)に日帰りで、民青岡山県委員会の余江委員長が日本共産党中国ブロック事務所の石村智子国民運動委員長とともに、豪雨によって災害に遭った山口県萩市須佐地域へボランティアに行きました。

山口県萩市須佐豪雨災害ボランティア 006

山口県萩市須佐豪雨災害ボランティア 002

山口県萩市須佐豪雨災害ボランティア 005
この川が氾濫し、周辺の民家へ水が一気に流れ込んだそうです。一部堤防が崩れています。水の恐ろしさを見せつけられました。

DSC_0786.jpg

山口県萩市須佐豪雨災害ボランティア 008
被災した住宅の前には、家の中から運び出されたありとあらゆるものが置かれていて、それらをトラックに積んで、集積場へと運ぶ作業をしました。
30度を超える暑さと、乾いた泥が砂になり、車が通るたびに粉塵となって舞い上がる中での過酷な作業でした。さらに、運んでも運んでも、次から次へと泥まみれになった家具、家電、衣類や、水がしみ込んで何倍にも重くなった畳、泥が入れられた土嚢などが家の中から出てきて、気が遠くなるような作業でした。

作業をする人手も、運搬に必要なトラックも全然足りていないのに、萩市の対応は、夏祭りを決行し、職員の手が祭りに取られ、トラックや重機などの業者への依頼も、祭りが終わってからするというもので、被災した住民から激しい怒りの声が上がっていました。7月28日に発生した災害。萩の夏祭りは8月1~3日でした。まだ1週間も経っていない、被害状況も把握しきれていない、助けが必要なところは山ほどあるというのに!市民の生活よりも、観光を上に置いた市の考えが見えます。

山口県萩市須佐豪雨災害ボランティア 003
この日は土曜日ということもあり、ボランティアに10代20代の青年がたくさん駆けつけていました。(写真の奥の方に青年たちがいます)現地の方々と一緒になって作業し、なんとか車が通れるように道を空けることができました。これで運搬作業がはかどります。もっとトラックがあれば!

山口県萩市須佐豪雨災害ボランティア 007
一緒に作業したボランティアのみなさん。左端でカメラを構えているのは、萩市議の宮内欣二さん。自ら泥だらけになって、作業の先頭にたって猛奮闘されています。
ぜひ、多くの人にボランティアに行っていただきたいです。

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